トヨタコネクティッド20周年企画連載 虹を架ける仲間達

第4章

3.テレマティクスからコネクティッドへ

クラウドへの移行が決まり、マイクロソフトのAzureでのTSCの開発が始まる。この時代から従来のグローバル・データセンターの呼称は廃止され、スマートグリッドのためのセンターだけでなく、G-BOOKセンターなどのテレマティクスのデータセンターやtoyota.jpなどトヨタスマートセンターが運用・管理していたトヨタグループのHPのサーバーなどもすべてTSCの名称で統合される。そして順次、レガシーシステムはクラウドへと置き換えられていく。G-BOOKに関しては2011年のマイナー・アップデートからクラウド化が進み、2019年に完了する。そして、この間に「テレマティクスからコネクティッドへ」というコペルニクス的転回が起こる。本項ではその経緯を紹介する。

PHV Drive Supportの開発

世の中では前年に起きた東日本大震災の影響も有り、EVや電動車への関心がピークに達していた。そんな中、トヨタは、2012年1月31日に次世代環境車として「プリウスPHV」を世に送り出す。このプリウスPHVではさまざまな新たな試みが取り入られているが、中でも注目を集めた取り組みの一つが、IT活用によるドライバーサポート機能「PHV Drive Support(PDS)」というWEBサービスである。PDSには、バッテリーの充電状況を管理する機能や、車内のエアコン(冷房)の遠隔操作、最寄りの充電ステーションの検索などができる「eConnect」と、クルマの使い方をデジタル化されたコンテンツでサポートする「オーナーズナビゲーター」、オーナー・販売店・メーカー間のコミュニケーションを支援するSNS「トヨタフレンド」で構成されている。
また、いまでは当たり前ではあるが、すべての機能やコンテンツが、専用のスマートフォン向けアプリケーションでの提供としたことも、当時のトヨタとしては画期的であった。
プリウスPHVは世界戦略車に位置付けられており、eConnectはPDSの中でも非常に重要なアプリケーションとして、日本と北米同時にリリースされており、その企画から開発までトヨタメディアサービスが関わった。ただ、そのリリースまでは過酷を極めた。その理由を少し紐解いていきたい。

先に述べた通りプリウスPHVは世界戦略的な次世代環境車で、このeConnectは日米でリリースされている。PHVという特異性をお客様に存分に利用してもらうために、エアコン操作やバッテリー充電管理をスマートフォンでできる先進性が目玉だ。それらを日本だけでなく、北米も含めたプロジェクトを企画のみならず、開発も担当するというのは、トヨタでも、もちろんトヨタメディアサービスでも初めての試みであった。また、サーバーサイドの開発に関しても、初となるクラウドを導入。選ばれたのは、当時最先端のマイクロソフトのAzureだった。世界戦略的なアプローチ、これまでにない新たな機能、初となるクラウド環境構築と、当時の自動車やITメディアが挙って目玉記事にしたいニュースバリューがふんだんに盛り込まれていたが、それを実現するにはいくつものハードルを超えなくてはいけなかった。
「新たな新機能を如何に開発し、実現するか、またそれを表現・操作するUIデザインをどうするか?」当時のトヨタメディアサービス開発チームは、打ち手に困窮し、時間だけが浪費されてしまっていた。そこで活躍したのが片岡直美である。

若獅子たちの活躍

片岡は2000年、GAZOOドットコムの立ち上げの時、トヨタメディアサービスとは別のベンチャー会社でWEBサイトのデザインを担当していたが、それがきっかけで、GAZOOが新しい企画を始める際には、たびたびそのチームメンバーに加わるようになっていた。そのベンチャー会社が大手に買収された後に、2011年、片岡はトヨタメディアサービスに入社した。そして、片岡がトヨタメディアサービスの正社員として最初に任されたのが、このeConnectのプロジェクトだった。しかし、プロジェクトの開発状況を知って片岡は焦った。スマートフォン向けアプリケーションのUI開発が紛糾していたのである。UI開発の大部屋では、毎日、朝10時と17時に開発定例会があり、トヨタメディアサービスとトヨタや協力会社が一緒になってアプリ開発を進めていたが、作ってはやり直すを3ヶ月以上に渡り続けていた。片岡は、その大部屋に単身乗り込み、トヨタのプロジェクトリーダーに直談判し、UI開発の主担当となった。そして、プロジェクトの立て直しを図った。
実は、片岡がGAZOOドットコムを担当した時は、新卒ほやほやの未熟なデザイナーだったが、それから10年、GAZOOで鍛えられた片岡は、どんな問題にも正面からぶつかっていく、頼もしいリーダー的存在として認められつつあった。
スマートフォン向けアプリケーションの形が、ようやく見えるようになったころ動き出したのが、初のクラウド環境構築である。eConnectはクラウドを使って日米で同時に開発がおこなわれた。まさにクラウドのメリットを十分に生かした開発体制なのだが、当時はまだクラウドの知見を持つエンジニアが抜本的に不足している。トヨタも米国マイクロソフト本社に直接エンジニアリングの支援を依頼していた状況だ。この開発プロジェクトを担当したのが、片岡と同じく、2011年にトヨタメディアサービスに入社したばかりの小笠原渉だった。トヨタの文化もわからないし、トヨタメディアサービスの開発のやり方も知らない状態でいきなり担当を任され戸惑った。しかし、いきなり現場に放り込まれて自ら学ぶ。OJTならぬOJJ(On the Job Job)。アイドリング段階からレッドゾーン。ことの善し悪しは別として、これが当時のトヨタメディアサービスの人材育成メソッドだった。
もともと小笠原は前職でAzureやGoogle Cloudといったクラウドでの開発経験があった。ただ、パートナーとなる開発会社のメンバーは全員がクラウドでの開発は初めてだったので、マイクロソフトに応援してもらいながらなんとか開発は進行していった。車両の充電状況を管理したり、エアコンの遠隔操作をおこなう車両制御と連携するアプリであったが、片岡のおかげで、スマートフォン向けアプリケーションのUIの明確な仕様が出ていたので、比較的スムーズに開発は進められたようだ。
片岡にしても、小笠原にしても、現在トヨタコネクティッドではこうした崖下から這い上がってきた若獅子たちが開発の中心メンバーとなっている。

eConnectの画面
eConnectの画面

eConnectの画面。明確に仕様が決まっていたためスムーズに開発された。

トヨタフレンドの開発

前項で紹介した通り、トヨタフレンドの企画は2011年1月13日、ハワイにあったセールスフォースのCEOマーク・ベニオフ氏の自宅のリビングで生まれた。だからその開発もセールスフォースが担当した。セールスフォースはBtoBの商談管理やCRMの分野ではトップランナーであり、同社のCRMクラウドは当時、世界中の企業で採用されていた。トヨタフレンドのプレーヤーはプリウスPHVを購入したオーナーと販売店スタッフ、メーカー(トヨタ)の車両開発スタッフだけである。エクスクルーシブなコミュニティーを設置し、同社の「Chatter」と呼ばれた社内SNSをBtoCのコミュニケーションに応用できると考えていた。
そこに友山がかねてから考えていた「クルマのつぶやき」というアイデアがミックスされ、「Chatter」のプレーヤーにクルマが追加された。こうしてオーナー・販売店・メーカー間のコミュニケーションを図るSNS「トヨタフレンド」の開発が始まった。

しかし、プリウスPHVの発売予定は2012年1月。マークCEOとのハワイでの会談から1年足らずしかなかった。セールスフォースから具体的な企画の提案があったのは2011年の9月。発売まで半年を切っていた。また、クルマがつぶやくことになると当然、車両側での開発が必要になる。
ざっくりいうと、もう大変。大混乱だった。それまで別プロジェクトとして「クルマのつぶやき」を担当していた片岡が伊藤誠とともに途中から企画に加わり、開発要件を整理したが、混迷を極めた。残りの開発期間から逆算すると、当初盛り込みたかった企画の10分の1規模まで機能を絞りこまないと、車両のリリースまでにどうしても間に合わなかった。
伊藤と片岡はその危機的な状況を脱出するため、トヨタ側の企画責任者の松岡秀治と協議し、何とか帰着ポイントを探りながら企画書をまとめ上げたのが2011年10月の最終日だった。
残り2ヶ月で開発からテストまで実施して、クルマの号口サービスとして搭載するというのは、もはや正気の沙汰ではない。初代G-BOOKやe-Towerでも経験したことのない絶対絶命の状態だった。その状況を打破するため奔走したのが、当時のセールスフォース・ジャパン代表取締役社長の宇陀栄次だ。マークCEOからこのプロジェクト完遂の責を任された宇陀は、他社のプロジェクトに関わる日本側のエンジニアも含めて総動員し、トヨタメディアサービスに常駐させた。また、北米サンフランシスコの本社にホットラインを飛ばして、「Chatter」の開発エンジニアチームを引込み、北米本社のエンジニアと日本のエンジニアが24時間の2直体制で推進し、何とかトヨタフレンドは日本のプリウスPHVユーザーに届けられたのである。

PDSご利用ガイド P2
「PHVオーナーにはさまざまなアプリサービスを提供した」

G-Station、H2V Managerの開発

また、こうしたアプリ開発と並行して、PHVつながるサービスプロジェクトでは別のプロジェクトチームが動いていた。つながる充電スタンド「G-Station」と一般家庭でのPHV充電に必要な電力をスマートにコントロールする「H2V Manager」の開発・製造・販売プロジェクトである。
トヨタメディアサービスとしては、創業時のe-Towerに続く、ハードウエアの製造も伴うビジネスである。こうしたプロダクトの開発には当然、開発費用がかかる。さらに、メーカーとしては在庫が必要だったし、部品に至っては生産中止後も一定の期間は部品を在庫しておく必要があった。
G-Stationの販売価格はコンパクトタイプで28万円。これには政府から補助金が出たので実質負担は14万円で設置が可能だった。またG-Stationは単なる充電器ではなくWi-Fiがついていて、充電中にG-BOOKセンターにアクセスして地図更新やソフトウエアの更新ができるようになっており、全国のトヨタ販売店に設置された。また、官公庁やスーパー、大規模商業施設などの駐車場などにも設置するべく営業を展開した。
H2V Managerも同様に補助金が出たので、工事費込みの実質負担は0円で設置できた。こちらは一般家庭が営業対象だった。
このG-StationやH2V Managerのプロジェクトには副社長の小島修を筆頭に、ものづくりでは降矢が、営業活動では中島がそれぞれリーダーを務め、三島利也や花木伸治といったベテラン営業、開発では永井昭仁が強力に活動した。石垣や酒井もサポートした。G-Stationに関しては最終的に、他部署のプロパー社員も追加で動員し、トヨタメディアサービス全社を挙げての一大プロジェクトになっていた。
これらのプロダクトやPDSなどのアプリ開発はすべてプリウスPHVの発売に向けて準備されたものである。発売前の市場調査ではプラグイン・ハイブリッドの需要は極めて高く、トヨタとしても相当に期待値が高い販売計画が立てられていた。それゆえ、トヨタは市場の要望にいち早く対応するため、発売を急いだ。先行して販売され大ヒットしていた三代目プリウスの意匠をそのままにして、大きな電池を搭載し、充電機能を追加するだけにとどめて、とにかく早くプリウスPHVを世の中に出すことに集中した。

期待外れとなった初代PHVプロジェクト

しかし、プリウスPHVは期待していたほど販売が伸びなかった。期待値が高かっただけに、この誤算は各方面にもろもろ影響を与えた。PHVが売れないと充電ステーションの需要も活性化しない。その後、石川県とプロジェクトを立ち上げ、観光地と連携したドライブコンテンツを提供するなど、数々のテコ入れをおこなったが、思ったようにG-Stationの需要は大きく伸張することなく、たくさんの部品が在庫として残った。
H2V Managerにおいても状況は苦しかった。機器の性質上、H2V Managerの需要はプリウスPHVオーナーでかつ戸建てに住み、家に専用の充電装置を設置した人に限られていた。ただでさえ、全体の母数が少ないのにさらに輪をかけて販売対象が限定された。さらに、機器の販売価格を抑え、普及させたかったので、原価低減のために大量生産をおこなっていた。これが仇となったのだ。この2つのプロダクトでトヨタメディアサービスはかなりの損害を出した。

またトヨタフレンドについてもコミュニティーに参加する母集団が少ないわけだから、活性化に至らなかった。しかもプリウスPHVの購入者は官公庁や法人ユーザーが多く、一般のオーナーも50代以上の年齢層が中心だった。それゆえ、SNSとの親和性の面で不整合が起きていたのだ。また、トヨタフレンドはスマートフォンのサービスだったが、当時スマートフォンは急速に拡大していたものの、まだ世帯普及率は30%台。プリウスPHVの購入者に限れば、もっと少なかったはずである。参加者を購入者に限定したコミュニティーだったことも影響した。その後、スマートフォンが普及する(2012年末には世帯普及率は約50%に)につれて、ツイッターやフェイスブックの利用者が増えてくる。しかし、現在、主流となっているLINEやインスタグラムが台頭してくるのはもっと先の話である。いつものことながら、リリースする時期が早すぎた。技術が先進的すぎて、時代がついて来ていなかったのだ。

充電スタンド「G-Station」。ユーザーはカードで利用者認証を行う必要があった
「充電スタンド「G-Station」。ユーザーは専用カードで利用者認証をおこなう必要があった」

PHVつながるサービスがもたらしたもの

2017年発売の2代目プリウスPHVではこうした反省が生かされた。G-Stationも2代目となり性能が向上された。PDSはリニューアルされ「ポケットPHV」という名称でアプリがリリースされている。ただ残念ながらそこにトヨタフレンドはない。
もし、スマートフォンやSNSが普及したいまの時代にトヨタフレンドがあったらきっと人気になったはずである。できればかつてのWiLL CYPHAのような若いユーザーが多いちょっと個性的なクルマ向けなら、なおよい。そして、タイの「e-TOYOTA CLUB」のように購入者限定ではなく、購入予定者などを含む、広くオープンでパブリックなコミュニティーにして、そこに販売店のスタッフやトヨタの開発陣が参加したら、そのクルマに関する関心が高まり、理解が深められ、販売促進にもつながるはずである。そう、e-CRB開発で出てきたマルコムである。そしてそのコミュニティーの運営はカカク·comや食べログのように消費者主導型でなければいけない。トヨタフレンドについては是非、また違う形での復活を期待したい。

しかし、実はこのPHVつながるサービスがきっかけで、テレマティクスに革命が起こった。すなわち、コネクティッドサービスへのコペルニクス的転回である。テレマティクスの時代には車両からセンターに上がってくる情報は基本的にはクルマの位置情報だけだった。そこを長年かけてトヨタの技術部に何度も掛け合い、一部の車種ではドアの施錠、パワーウインドウの開閉、ハザードランプの点灯、あとはオートアラームやエアバッグの作動などがなんとか提供してもらえるという状況だった。
当時、ハイブリット車の場合、価格比で見ればクルマの47%は電子部品でできていた。そのうちの40%はソフトウエアであった。これらの電子部品は電子プラットフォームという車両の中の共通基盤に配置されている。それぞれのパートはECU(Electronic Control Unit)で制御されているがクルマの高性能化が進むにつれてECUの数が増え、大型化していく。電子プラットフォーム上で、こうしたECUをつないで連携させ、同時に統合制御するのがCANである。
CANはそれまで車両の診断や故障箇所の特定などに使用されてきた。G-BOOKではかねてから、このCANからの情報をテレマティクスでつないでセンターに集め、活用したいと考えていた。しかし、技術部からなかなか了承がもらえず、実現しないでいた。そして、この技術部との障壁を打破する突破口がPHVつながるサービスだったのだ。
前述したようにeConnectではPHVの充電の管理をおこなう。そのためにはどうしてもCANに接続する必要があったのだ。この突破口をきっかけにCANからさまざまな車両データがテレマティクスで取得されるようになり、新しいサービスとして「eケア」と呼ばれる販売店のサービススタッフが車両の状況を遠隔診断して適切なアドバイスをしたり、クルマ自体が異常や故障を検知してオーナーに通知し、入庫を促すサービスが開始された。

展示用パネル_スプラッシュ
展示用パネル

トヨタフレンドの画面イメージ。ユーザーとクルマがコミュニケーションするなど革新的な機能を備えたが、活性化につながらなかった。

コネクティッド時代の到来

そして、2014年、T-Connectが発表される。T-Connectでは従来のテレマティクスに加えて、「エージェント」と呼ばれるAIが目的地の検索や設定、ニュースなど知りたい情報を調べて提供する機能が付加された。これはWiLL CYPHAの初代G-BOOKからの念願であった音声による操作を実現したものである。またOTA(Over The Air)技術により通信でアプリを車載機(ナビ)にダウンロードして使えるAPPS(アップス)という機能も追加された。
しかし、これだけならT-ConnectはG-BOOKの「正常進化」。ユーザーにはそう見えてもおかしくない。しかし、裏の仕組みで、車両のCANから情報取得ができるようになり、そこからさまざまなサービスが生まれてくるのである。その一つがビックデータ活用である。さらに、CANの進化によって、車両からTSCのクラウドに集まってくるデータの種類は、現在のCAN300では700項目以上になっている。これらのデータを集計・分析し、さまざまなMaaS関連のサービスが実現するのである。

この時点でT-Connectは車載機(ナビ)のサービスだけではなくなっていた。もちろん従来通りナビがあれば、より進化したテレマティクスサービスを受けることができる。しかし、2017年12月発売以降のアルファード/ヴェルファイアではナビと連携しないタイプのT-Connectが登場。緊急通報サービス「ヘルプネット」や盗難防止の「マイカーセキュリティ」、車両遠隔診断や異常検知の「eケア」などセーフティ&セキュリティに特化したT-Connectが提供されている。さらに、ディスプレイ・オーディオはパソコンのモニターのような車載機をスマートフォンとつなぎ、スマートフォン向けアプリケーションのT-Connectでナビゲーションなどのサービスを提供するというタイプも登場している。スマートフォンの進化に合わせて、スマートフォンでできることはスマートフォンに任せ、コネクティッドでは専用通信機DCMと車両との連携による自動車メーカーのトヨタでしかできないサービスに集中することになった。

つまり、マルチメディア情報提供サービスだったテレマティクスの時代、主役は車載機(ナビ)であり、DCMはあくまで脇役。テレマティクスを実現するための道具であった。しかし、コネクティッド時代になり、完全にその関係が逆転する。主役はDCM。そして、それによって提供される価値の一部をユーザーに表示する手段の一つが車載機(ナビ)なのである。
天動説から地動説へのコペルニクス的転回が起こったのである。また、クラウドに移行したことによりデータ処理能力が格段に向上した結果、従来のようにユーザーが必要な情報をセンターから引き出す「Pull型」に対して、センターがユーザーの次の行動を先読みして、必要と思われる情報を提供する「Push型」ともいえる機能を実現している。これも転回の一つである。

2015年4月、トヨタの戦略副社長会議で全世界のトヨタ車へのDCM100%装着(標準搭載)が決定される。そして、2016年11月にトヨタのコネクティッド戦略が世界に向けて発表された。この後、コネクティッドの「つながる技術」によって次々とビックデータやMaaS向けのさまざまな機能が誕生してくる。コネクティッド戦略を含む、これらの新たな取り組みについては次章で詳しく紹介する。なにはともあれ、こうした複雑で膨大な情報を処理できたのもクラウドに移行したからこそであることを、この章ではお伝えしておきたい。

この章の登場人物

  • 片岡 直美(かたおか なおみ)
    トヨタコネクティッド グローバル経営企画室 経営戦略G 主幹
    芸術大学の2年生だった頃、GAZOO商店街事務局にインターンとして参加したのがTCとの関係の始まり。某OEMお膝元出身であることと、幼少期からプログラミングにも慣れ親しんだことから、「クルマとITが一体」となったGAZOOの活動の新しさに強く心を奪われる。インターン終了後もGAZOOドットコムの協力会社であったITベンチャーに入社したが買収され、2011年ついにTCに入社。最初のeConnectプロジェクトではトヨタへの強気の交渉で自分のペースに巻き込み、頑なだった周りを懐柔していった。こうだと思ったことは実現せずにはいられないので、勝気にみられがちだが、漫画家時代が存在したり、華やかなファッションを身にまとい素敵オーラを放つ一面も。大のハワイ好き。
  • 小笠原 渉(おがさわら わたる)
    トヨタコネクティッド 先行企画部長
    SIerにて流通・証券などの各種システム開発プロジェクトにて、プログラマーからSE、プロジェクトマネージャーを経験後、2011年6月にTC入社。転職する1~2年前に流行り始めた「クラウドサービス」に興味を持ち、こつこつと新たな技術の取得に励む。そんな折にMicrosoftと資本提携をしたTCの求人と出会い、「ITを使った新たなサービスづくりをやってみたい!」と思い入社を決める。現実的で慎重派。それゆえ、冷静に先を見通す力がありクラウドにもいち早く取り組んだ。低音ボイスで髭を蓄えたそのダンディーさで社内にファンも多い。部長という多忙なスケジュールに関わらずメールの速さはピカイチ。
    2020年オープンのGLIP(Global Leadership Innovation Place:TCグローバル拠点)の推進リーダーを務め、将来のTCを背負って立つ人物。

著者プロフィール

  • 宮崎 秀敏(みやざき ひでとし)
    ネクスト・ワン代表取締役
    1962年、広島生まれ。1997年リクルートを退職後、ひょんな縁で業務改善支援室の活動に帯同。
    98年、同室の活動をまとめた書籍『ネクスト・ワン』(非売品)を上梓。会員誌の制作やコミュニティーの運営などでGAZOO、G-BOOK、e-CRB、GAZOO Mura、GAZOO Racingなどの立ち上げに協力しながら取材活動を継続。